東京地方裁判所 平成6年(ワ)12918号 判決 1996年12月26日
原告
相模とく子
外四名
右原告ら五名訴訟代理人弁護士
藤谷護人
被告
株式会社後藤土木
右代表者代表取締役
後藤正二
被告
後藤三千雄
右被告両名訴訟代理人弁護士
大作公夫
被告
前田道路株式会社
右代表者代表取締役
岡部正嗣
右訴訟代理人弁護士
大畑雅敬
同
大畑雅義
被告
千葉県
右代表者知事
沼田武
右訴訟代理人弁護士
村田豊
右指定代理人
粕谷秀夫
外五名
主文
一 被告株式会社後藤土木、被告前田道路株式会社及び被告千葉県は、各自、原告相模とく子に対し、金一六三七万七一六九円及び内金一四八九万七一六九円に対する平成五年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告相模保行、原告相模ミユキ、原告相模郁恵及び原告相模浩二に対し、各金四〇九万四二九二円及び内金三七二万四二九二円に対する平成五年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用のうち、原告らに生じた費用は、これを一〇分し、その六を原告らの負担とし、その余を被告後藤土木、被告前田道路株式会社及び被告千葉県の負担とし、被告株式会社後藤土木、被告前田道路株式会社及び被告千葉県に生じた費用は、それぞれこれを一〇分し、その六を原告らの負担とし、その余を右各被告らの各負担とし、被告後藤三千雄に生じた費用はこれを原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告らは、各自、原告相模とく子に対し、金六一八五万八五〇五円及び内金五八〇五万八五〇五円に対する平成五年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同相模保行、同相模ミユキ、同相模郁恵及び同相模浩二に対し、各金一五四六万四六二六円及び内金一四五一万四六二六円に対する平成五年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、足踏み式自転車(以下「自転車」という。)を運転していた亡相模清(以下「亡清」という。)が、車道の拡幅工事のため歩道の植木を撒去した後の陥没箇所で転倒し死亡したことから、亡清の遺族である原告らが、右工事の施行主である被告千葉県に対しては民法七〇九条、七一五条、七一六条ただし書に基づき、右工事に関与したその余の被告らに対しては同法七〇九条、七一五条に基づき、右事故による損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
(一) 事故の日時 平成五年一二月三〇日午後一〇時ころ
(二) 事故の場所 千葉県柏市北柏一丁目一〇番一二号付近歩道上
(三) 被害者 亡清
(四) 事故の態様 亡清が自転車を運転して、県道北柏停車場線(以下「本件道路」という。)の南側の歩道(以下「南側歩道」という。)を走行していたところ、本件道路の車道の拡幅工事(工事名は、県単交通安全対策工事(その2)、以下「本件工事」という。)のため、南側歩道の植栽帯の植木が撤去された後の土砂部分における、陥没した部分に自転車の前輪をとられて転倒し死亡した。
2 被告らの関係
被告千葉県は本件工事の発注者であり、同株式会社後藤土木(以下「被告後藤土木」という。)は本件工事の元請業者であり、同前田道路株式会社(以下「被告前田道路」という。)は本件工事の下請業者である。
3 相続
原告相模とく子(以下「原告とく子」という。)は亡清の妻であり、同相模保行、同相模ミユキ、同相模郁恵及び同相模浩二は亡清の子であり、右五名は亡清の死亡により同人をそれぞれ法定相続分に従って相続した。
二 争点
1 被告らの責任
(一) 原告らの主張
(1) 被告後藤土木、同後藤三千雄(以下「被告三千雄」という。)及び同前田道路の責任
被告後藤土木、同三千雄及び同前田道路は、本件事故現場に、一〇センチメートルから二〇センチメートルにも及ぶ土砂の陥没箇所があり、かつ、右事故現場の土砂が軟弱な状態であった上、本件事故現場付近は夜間は暗いのであるから、本件事故現場にバリケードを設置し、土砂の開口部を埋め戻すなどして閉鎖し、あるいは開口部に転落防止措置を施し、夜間は保安灯、照明を設置すべき義務があったのにこれを怠り、平成五年一二月三日に植木を撤去した後、二七日間にわたり、何らの保安措置を採らずに放置した。そのため、亡清がその開口陥没箇所に自転車の前輪をとられて転倒し死亡したのであるから、右被告らは民法七〇九条ないし七一五条に基づき原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。
(2) 被告千葉県の責任
① 民法七〇九条の責任
被告千葉県は、以下のような義務を有していたにもかかわらず、これを怠ったのであるから、民法七〇九条に基づき原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負う。
ア 被告千葉県は、市街地土木工事公衆災害防止対策要綱(以下「本件要綱」という。)、千葉県土木工事標準仕様書(以下「本件仕様書」という。)及び道路交通法に基づく道路工事等協議により、バリケードを設置し、夜間は照明、赤色回転灯を設置し、一日の作業終了後道路を解放する場合には仮復元をするなどして公衆災害を防止すべき注意義務を有していたにもかかわらずこれを怠った。
イ 被告千葉県の監督員は、本件工事の請負人である被告後藤土木が、前記(1)記載の各義務を遵守しているかどうかについての監督権限を有していたところ、右監督権限を適切に行使して請負人による工事が交通の安全を害することのないようにすべき注意義務を有していたにもかかわらずこれを怠った。
② 民法七一五条に基づく責任
被告千葉県は、本件工事の施行という自らの事業のために、同後藤土木を使用した者であるから、民法七一五条に基づき被用者たる同後藤土木がその事業の執行につき亡清に加えた損害を賠償する責任を負う。
③ 民法七一六条ただし書に基づく責任
被告千葉県は、その監督員において、公衆災害防止のため、保安柵、保安灯、夜間の照明などの保安施設の強化につき点検し、指導しなければならない義務があったにもかかわらず、これを怠ったのであるから、注文又は指図につき過失があったといえる。したがって、民法七一六条ただし書に基づき原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。
(二) 被告らの反論
(1) 被告後藤土木及び同三千雄の反論
本件事故当時、歩道の幅員は3.5メートルであったところ、そのうち植栽帯を除いても2.5メートルの幅員があり、通行に支障はなかった。また、本件事故現場は歩道の植栽帯の植木の撤去が終わった段階で、路面の掘削等は行われておらず、植木の撤去後の土砂がならされた状態であり、歩道と土砂部分との段差も五センチメートルないし一〇センチメートル程度であり、客観的に見て植木を撤去する前の状態に比べて、危険性が増大している状況にはなかった。また、当該箇所の街灯は点灯していなかったものの、周辺の照明によって道路の状態は十分認識できる状態にあった。したがって、本件事故現場は人が入り込むようなことがあっても特段の危険はなかったから、被告らが前記(一)(1)記載の各保安措置を講じなかったことに過失はない。バリケード等を設置したとすれば通行の妨げになり、危険も増したであろうから、被告らが右各保安措置を講じなかったことに過失はない。
仮に、被告らが右各保安措置を講じなかったことに過失があったとしても、本件事故は、亡清が酒に酔った状態で自転車を運転していたために植木撤去後の土砂部分に入り込み、転倒する際も何ら危険を回避する措置を採り得ずに頭部を路面に強打したために発生したものであるから、被告らの右過失と亡清の死亡との間には因果関係がない。
(2) 被告前田道路の反論
原告主張の各保安措置は、現実に工事が行われている場合に講じるべきものであるが、本件事故当時、本件事故現場においては工事は行われていなかったのであるから、右各措置を講じるべき義務はなかった。
原告主張の各保安措置は、工事現場に開口部があった場合のものであり、開口部とは少なくとも作業員や通行人が転落するおそれのあるような箇所を指すものであるところ、本件事故現場においては、単に五センチメートルから一〇センチメートル程度の段差があったにすぎず、開口部があったとはいえないから、同被告に原告主張の各保安措置を採るべき義務があったとはいえない。
本件事故現場の歩道は自転車の通行が許された歩道ではなく、また、植木撤去後の土砂が整地された状態であり、歩行者が歩行する限りにおいては原告ら主張の各保安措置は何ら必要がない状態であったから、同被告には、酒酔いの状態で、かつ法規に違反して歩道を通行する自転車の存在まで予測して、バリケード等を設置する義務はない。
仮に、同被告が右各保安措置を講じなかったことに過失があったとしても、本件事故は、泥酔状態で通行禁止の歩道上を自転車で通行していた亡清が、誤って植栽桝に入り込んだ結果、自転車のコントロールを失い、転倒して発生したものであるから、同被告の右過失と亡清の死亡との間には因果関係が存しない。
(3) 被告千葉県の反論
① 民法七〇九条に基づく責任について
ア 原告らの主張に係る前記(一)(1)の各保安措置を講ずべき義務は、被告千葉県の義務ではなく、請負人の義務である。すなわち、本件要綱によれば、保安柵、保安灯は、請負人において設置すべきものとされ、被告千葉県としては請負人がそれらの措置を採ることができるように予算的措置を講ずべきとされているにすぎない。また、本件要綱によれば、起業者たる被告千葉県も、道路標識、標示板等で必要なものを設置しなければならないとされているが、右にいう道路標識、標示板等には、バリケード、保安灯は含まれない。
イ 被告千葉県の監督員は、請負人に対する公衆災害防止のための監督権限を有していない。
② 民法七一五条に基づく責任について
被告千葉県は、同後藤土木を指揮監督するという関係にはなく、また前記①イのとおり、監督員には公衆災害防止のため同後藤土木を監督する権限はないのであるから、同千葉県は同後藤土木の使用者ではない。
③ 民法七一六条ただし書に基づく責任について
被告千葉県と同後藤土木は締結した建設工事請負契約書によれば、両者はおのおのの対等な立場における合意に基づいて請負契約を締結しているのであるから、両者の関係は民法上の請負契約の発注者と請負者という関係に立ち、同後藤土木は同千葉県から独立した地位を有するものである。したがって、仮に同後藤土木がその仕事を行うについて第三者に損害を加えたとしても、同千葉県は不法行為に基づく責任を負うべき立場にはない。
2 損害額
(一) 原告らの主張
(1) 逸失利益
七四九一万七〇一一円
7,588,331×(1-0.3)×14.1038=74,917,011
(2) 慰謝料 四〇〇〇万円
(3) 葬儀費用 一二〇万円
(4) 弁護士費用 七六〇万円
(5) 合計一億二三七一万七〇一一円
(二) 被告らの主張
原告らの主張は争う。
3 過失相殺
(一) 被告らの主張
亡清は、本件事故当時、自転車で通行することが許されない歩道上を、酒に酔った状態で通行していたのであるから、本件事故の発生につき過失がある。原告らの損害の算定に当たり、右過失を斟酌すべきである。
(二) 原告らの反論
本件事故現場付近の車道は、自動車がかなりの高速で台数も多く走行する場所であるから、亡清が自転車で歩道を走行したとしても過失はない。また、同人は元々酒に強く、本件事故当時の飲酒量であれば、その判断能力及び運転能力が低下を来たすことはなかったから、飲酒運転していたことをもって過失相殺の事由とすべきではない。
第三 争点に対する判断
一 <証拠略>によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件道路の状況
本件事故現場は、JR北柏駅の南西約五〇〇メートルに位置する、県道北柏停車場線の南側歩道である。本件道路は、本件事故当時、車道が片側一車線で歩車道の区別のある、アスファルト舗装された道路であり、その幅員は、車道部分が一三メートル、歩道部分が片側3.5メートルずつの計七メートルであった。歩道は、植栽帯及び歩行のためアスファルト舗装された部分から構成され、植栽帯の幅は1.2メートルあった。右歩道を自転車が通行することは許可されていない。
(二) 本件工事の内容
本件事故当時、本件事故現場付近では、被告千葉県が発注して同後藤土木が請け負い、さらに同前田道路が同後藤土木から下請けをした本件工事が行われていた。本件工事は、本件道路と柏市道との交差点が右折車両で渋滞することから、右渋滞解消のため、本件道路の歩道を1.5メートル狭めて車道を広げ、新たに右折用の車線を作るというものであり、その工期は平成五年一〇月二九日から平成六年三月二五日までとされていた。その具体的な工事内容は、まず歩道の植栽帯から植木を撤去した後、歩車道の境に設置されているL型及びU型ブロックを撤去し、拡幅された車道と狭められた歩道の境にL型ブロックを設置し、新たに設けたU字型側溝に、重圧管、集水桝を埋設し、歩道部分及び車道部分をそれぞれ舗装し、区画線を引き、標識や防犯灯を移設するというものであった。
(三) 本件工事に係る請負契約の内容
(1) 請負契約
被告千葉県と同後藤土木は、平成五年一〇月二八日、本件工事について請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結し、これによれば、右被告らは、本件工事について、本件契約、設計書図面及び同千葉県の作成した土木工事標準仕様書(以下「本件仕様書」という。)に従わなければならず(本件請負契約別添第一条)、発注者は監督員を定めなければならず(同第一二条一項)、監督員は契約の履行についての請負者及びその現場代理人に対し指示、承諾、協議を行う権限等を有し(同条二項)、また、監督員は、災害防止その他工事の施工上特に必要があると認めるときは、請負者に対して臨機の措置を採ることを求めることができるとされていた(同第二四条三項)。被告千葉県は、本件契約に基づき、監督員として藤田博(以下「訴外藤田」という。)及び近藤久二を任命した。
(2) 本件仕様書
本件仕様書によれば、請負者及びその現場代理人は、本件要綱等に基づいて、常に工事現場の安全対策に留意し、事故の未然防止に努めなけばならず(第一一二条)、道路に係る工事の施工に当たっては、交通の安全及び規制につき、監督員、道路管理者及び所轄警察署と打合せをするとともに、道路標識令、道路工事現場における標示施設等の設置基準(昭和三七年八月建設省道路局長通知、以下「本件設置基準」という。)に基づき必要な処置を講じなければならず(第一一三条二項)、工事施工のため第三者に危険を及ぼす恐れがある箇所には、注意を促すための標識を設けなければならず、この場合において夜間は適度な照明を点じるとともに、危険個所には赤色灯等を設置しなければならないとされていた。
(3) 本件要綱
本件要綱によれば、起業者及び施工者は、道路上において土木工事を施工する場合には、工事による交通の危険及び渋滞の防止、歩行者の安全等を図るため、事前に道路状況を把握し、交通の処理方法について検討の上、道路管理者及び所轄警察署長の指示するところに従い、本件設置基準による道路標識、標示板等で必要なものを設置しなければならないとされていた(第一四)。
(4) 本件設置基準
本件設置基準によれば、車両等の侵入を防ぐ必要のある工事箇所には、両面にバリケードを設置し、交通に対する危険の程度に応じて赤ランプ、標注等を用いて工事現場を囲むものとするとされていた(別添3)。
(5) 所轄警察署長との事前協議
被告千葉県は、本件工事に際し、本件道路を所轄する柏警察署長と事前協議を行い、工事中は片側通行とし、工事の起終点には、信号機又は交通整理員を配置すること、夜間は、バリケード、赤色灯を設置し交通の安全を図ること、工事中は危険防止のため工事標識・警戒柵等を設け、夜間は六〇ワット以上の照明装置及び赤色の回転灯を必ず設けることとした。
(6) 道路使用許可条件
被告後藤土木は、平成五年一一月一一日付けで、柏警察署長に対し、道路使用許可の申請をし、同署長は、同月一七日、工事中は危険防止のため工事標識、警戒柵等を設け、夜間は六〇ワット以上の照明設備を適当な箇所に施し、電源困難な場所は二ルクス以上の赤色灯を設けること等の許可条件(以下「本件許可条件」)を付した上、道路の使用を許可した。
(7) 下請契約
被告前田道路は、同後藤土木と、本件工事につき請負契約を締結し、その際、両者の間では、同後藤土木が材料を提供し、同前田道路は労務を提供するものとされた。
(8) 現場代理人
本件請負契約によれば、現場代理人は、原則として、右契約の履行に関し、工事現場に常駐し、その運営、取締りを行うほか、右契約に基づく請負者の一切の権限を行使することができるとされていた(第一三条三項、四項)。被告後藤土木は、現場代理人として向井誠一郎(以下「向井」という。)を、また、同前田道路も現場代理人として二名をそれぞれ置いた。
(四) 本件事故現場の安全対策
本件工事は、平成五年一一月二〇日ころ着手され、同年一二月二〇日にいったん中断された後、平成六年一月一五日に再開される予定であった。本件工事が中断された平成五年一二月二〇日当時、本件道路の北側の歩道では、既に植栽帯の植木、L型ブロック及びU型ブロックの撤去が終了し、新たなL型ブロック、U字溝、重圧管、集水桝が設置される段階まで工事が進んでいたが、本件事故現場付近である南側歩道は、植栽帯の植木の撤去が終了したのみという段階にあった。本件事故現場付近の植栽帯の植木は、同月三日ころ撤去され、撤去された後はざっと平らにならされたが、転圧はされず、土壌が軟弱なままであり、アスファルト舗装された歩道部分から五センチメートルから一〇センチメートル陥没している部分が数か所あり、また、逆にアスファルト舗装された歩道部分よりも盛り上っている部分もあった。そして、本件事故現場においても、陥没部分及び盛り上がり部分があった。
被告後藤土木の現場代理人である前記向井は、本件工事が中断された後、南側歩道の植栽撤去後の土砂部分に陥没部分や盛り上がり部分があることを認識していた。向井は、本件事故現場付近の歩道については、工事案内板を設置したのみで、カラーコーンやバリケードの設置、スズラン灯、回転灯の設置などの保安措置を全く採らなかった。それは、以下のように判断したためであった。すなわち、①歩道の幅員が植栽帯を除いて十分な幅があるから交通の安全に問題はないと考えたこと、②バリケードを設置することについては、年末年始には風が強く、バリケードが飛散して通行の障害になると考えたこと、③カラーコーンについては、周囲の民家等の照明や北側の歩道の照明等で、夜間の明るさも十分であると考えたことによる。そして、向井は、被告前田道路の現場代理人に、南側歩道からはバリケード、カラーコーン等はすべて撤去するよう指示したところ、同前田道路の現場代理人らもこれに従った。
被告干葉県の監督員である前記藤田は、本件工事が着手された平成五年一一月二〇日ころから、本件事故の発生した同年一二月三〇日までに、本件工事現場に六回行ったことがあった。同人は、同月九日、本件事故現場付近の植栽帯の土砂部分の状況を確認し、植木が撤去された後の土砂部分が、数か所にわたり、アスファルト舗装された歩道部分から五センチメートルから一〇センチメートル陥没している部分があり、また、逆にアスファルト舗装された歩道部分よりも盛り上がっている部分があることを確認したものの、全体としてはならされており、歩道の幅員が植栽帯を除いても2.5メートルあることから、仮に人が右土砂部分に入っても危険性はないと考え、被告後藤土木に対し、バリケードの設置等の安全対策をするように指示を与えなかった。向井は、本件工事を中断した同月二〇日以降も、毎日本件工事現場に行ったが、通行上の危険はないものと考えた。被告三千雄は、同月二〇日及び同月二五日に本件工事現場に行き、右のいずれかの日には両側の歩道の車道際を歩いて安全を点検したが、本件事故現場付近は凹凸や陥没部分もないからバリケードの設置は必要がないと思った。
本件道路には街灯が設置されていたが、本件事故当時、本件事故現場の最寄りの街灯は点灯しておらず、付近は薄暗い状態であった。
なお、本件道路の北側の歩道については、工事中断期間中の交通安全対策として、工事区域の前後に工事案内板を設置し、掘削現場の周囲にはカラーコーンとバリケードが設置され、夜間はスズラン灯、回転灯が設置され、掘削現場の両側には投光器により照明が当てられるなどの措置が採られた。
(五) 本件事故の態様
亡清が自転車を運転して歩道上を走行していたところ、本件事故現場において、陥没した土砂に自転車の前輪をとられて転倒し死亡した。
二 被告らの責任
以上認定した事実に基づいて判断する。
(一) 被告後藤土木、同三千雄及び同前田道路の責任
前記のとおり、被告後藤土木は元請人として、同前田道路は下請人として、本件工事を実施したが、本件事故現場付近の植栽帯から植木を撤去したままで、工事を中断したのであるから、交通安全のための措置を講ずべきであったものというべきである。ところで、本件事故現場付近の植栽帯の植木が撤去された後の状態は、転圧がされず土壌が軟弱なままであった上、土砂部分がアスファルト舗装された歩道部分から五センチメートルから一〇センチメートル陥没している部分や、アスファルト舗装された歩道部分よりも盛り上がっている部分があり、しかも、本件事故現場付近は、夜間は街灯が点灯せず、付近が薄暗かったのであるから、被告後藤土木及び同前田道路の作業従事者は、交通の安全の確保及び公衆災害の防止の見地から、第三者が工事中断中の植栽帯に入り込むことのないように、バリケードやカラーコーン等でその周囲を囲み、夜間は保安灯、照明設備を設置すべき義務があったものというべきである。しかし、被告後藤土木の現場代理人である向井は、夜間の照明の程度を十分に調査することなく、本件事故現場の植木を撤去した後の部分に何らの保安措置を採らなかったのであるから、過失があったというべきである。
また、被告前田道路の現場代理人も、前記向井の指示があったにせよ、これに異論を述べることなく、本件事故現場付近からバリケード、カラーコーンをすべて撤去し、植木を撤去した後の部分に何らの保安措置を採らなかったのであるから、過失があったというべきである。
そして、前記のとおり、本件事故は、亡清が自転車を運転して本件事故現場にさしかかったところ、誤って植木を撤去した後の陥没部分に入り込み、右自転車の前輪をとられて転倒したために発生したものであるから、被告後藤土木及び同前田道路の職員の過失と本件事故の発生との間には相当因果関係が認められる。
したがって、被告後藤土木及び同前田道路は、民法七一五条に基づき、原告らに生じた後記損害を賠償する責任を負う。
なお、被告三千雄の責任については、前記のとおり、同被告は本件工事の現場代理人ではなく、したがって、本件工事の施工に当たり、交通の安全を確保するための具体的措置を採るべき義務を有していたと認めることはできないので、同被告に過失があるとする原告らの請求は理由がない。
(二) 被告千葉県の責任
被告千葉県は、本件工事の注文者であるから、民法七一六条ただし書所定の事由があるか否かについて検討する。
前記のとおり、本件工事を施工するに当たっては、本件請負契約の内容として、工事の安全を図り、公衆災害の発生を未然に防止するため、車両等の侵入を防ぐ必要のある工事箇所には、バリケードを設置し、交通に対する危険の程度に応じて赤ランプ等を用いて工事現場を囲むべきこと、また、夜間は、バリケード、赤色灯を設置し、六〇ワット以上の照明装置及び赤色の回転灯を必ず設けるべきことが合意されていたものというべきである。もっとも、これらの保安措置は、本件請負契約上、一次的には請負人として現実に本件工事を施工する被告後藤土木及びその下請人である同前田道路が行うべき義務を負っていたものということができるが、注文者である被告千葉県においても監督員を通して、請負契約の履行について請負人に対して指示する権限、及び、災害防止のため特に必要があると認めるときは、請負人に対して臨機の措置を求める権限を有していたのであるから、請負人の採った具体的保安措置が交通の安全の確保及び公衆災害の防止の見地から十分でない場合には、監督員においてこれを指摘し、十分な保安措置を採るよう指示することができたというべきである。そして、右の指示を怠ったことにより、第三者が損害を被った場合には、不法行為による責任を負うと解すべきである。
そこで、監督員である藤田に右の点における過失があったか否かを検討する。本件工事の状況に照らして、被告後藤土木及び同前田道路の担当者に、何らの保安措置を採らずに放置した過失があったことは前記のとおりである。そして、藤田は、平成五年一二月九日、本件工事現場付近の植木を撤去した後の状況を認識していたのであるから、右植木撤去後の部分が客観的に危険性のある状態であったことに加え、本件道路が県道であったことにも鑑みれば、本件事故現場付近の植木を撤去した後に、照明を十分に施した上、バリケードやカラーコーン等で右植木撤去後の土砂部分を囲むなどの保安措置を採るよう、被告後藤土木の担当者に指示すべき具体的義務を有していたというべきところ、藤田は、何らの指示もしなかったのであるから、その指図につき過失があったものというべきである。
そして、右過失と本件事故の発生との間には相当因果関係が認められるのは前記のとおりである。したがって、被告千葉県は、民法七一五条、七一六条ただし書に基づき、原告らに生じた後記損害を賠償する責任を負う。
三 損害額
1 死亡による逸失利益
四九二八万五八四六円
<証拠略>によれば、亡清は本件事故当時四六才であり、床専門の内装業を営んでいたこと、平成四年度はその収入金額として三九六万四〇〇〇円を、そのうち経費として七九万二八〇〇円を、所得金額として三一七万一二〇〇円をそれぞれ確定申告したこと、もっとも、右申告額は現実の所得に比較して過少であったものと窺われなくもないこと、また、亡清の業務態様に照らすと、経費は、接着剤等の内装に必要な消耗品のほか、工具に係る費用程度であったことが認められる。そして、本件全証拠によっても、実所得額を確定するに足る証拠はないが、右認定した事実に照らすならば、亡清は平成五年度賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・全年齢平均の年収額である五四九万一六〇〇円を得ていたものと認めることができる。亡清は、本件事故に遭わなければ、本件事故時から六七歳に達するまでの二一年間稼働することができたと推認されるから、年収五四九万一六〇〇円を基礎として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して二一年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、右金額となる。
5,491,600×(1-0.3)×12.8211=49,285,846
2 慰謝料 二四〇〇万円
本件事故の態様、亡清の年齢、家族構成等、本件訴訟に顕れた一切の事情を総合して考慮すると、亡清の死亡による慰謝料としては右金額を認めるのが相当である。なお、原告らが被告後藤土木から見舞金として三〇〇万円の支払を受けたことも斟酌した。
3 葬儀費用 一二〇万円
亡清の葬儀費用のうち、本件事故と相当因果関係ある葬儀費用としては右金額を認めるのが相当である。
4 小計 七四四八万五八四六円
四 過失相殺
(一) 過失割合
前記二で認定した事実及び<証拠略>によれば、亡清は、本件事故当日午後六時三〇分ころから晩酌を始め、三ないし五品のつまみとともに、ウイスキーの湯割り(ウイスキーと湯が一対三の割合)を三、四杯飲んだこと、その後パチンコ屋に寄った後、同日午後九時ころ、ほろ酔い状態で焼肉料理店に行き、ウイスキーの水割三杯と焼肉等を食べたこと、本件事故当時、亡清の血中のエチルアルコールの含有量は、血液一ミリリットルにつき3.1ミリグラムであったこと、右程度のアルコールの含有量が認められる場合には、一般的には酒酔いの程度は深酔とされ、その症状は、運動失調が強く、歩行は困難、言語は不明瞭、諸反射も著しく低下し、麻痺状態に陥り、意識も次第に不明瞭となること、亡清は本件事故当時、右程度の飲酒状態で、自転車を運転していたことを認められる。以上の事実に照らせば、本件事故の発生について、亡清にも相当程度の過失があったといわざるを得ないところ、その過失割合は六割とするのが相当である。
この点、原告らは、亡清は酒には強い方であり、運動失調等はなかった旨主張し、前掲各証拠に照らすと、酒に強かったことが窺われないではないが、他方、亡清は、本件歩道付近をしばしば利用しており、本件現場付近の植栽帯の植木が撤去されている状況について、相当程度の認識はあったものと推認でき、そうすると、本件事故は、そもそも飲酒の上、自転車を運転したことに原因の一端があったというべき点はさておいたとしても、前方を十分に注視して進行しなかった点にも原因があるということができるから、原告らの右主張は、前記の判断を左右するものと解することはできない。
(二) 過失相殺後の金額
前記認定のとおり亡清の過失は六割であるから、過失相殺後の亡清の損害額は二九七九万四三三八円となるところ、原告らは法定相続分に従ってそれぞれこれを相続したものであるから、原告らの損害額は、原告とく子について一四八九万七一六九円、その余の原告らについて各三七二万四二九二円となる。
五 弁護士費用
本件の事案の内容、審理経緯及び右認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告とく子に一四八万円を、その余の原告らに各三七万円を認めるのが相当である。
六 以上によれば、原告らの被告後藤土木、同前田道路及び同千葉県に対する請求は、原告とく子に対し一六三七万七一六九円及び内金一四八九万七一六九円に対する本件事故の日である平成五年一二月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告らに対しそれぞれ四〇九万四二九二円及び内金三七二万四二九二円に対する右同日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、原告らの被告三千雄に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官竹内純一 裁判官波多江久美子)